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2009年04月26日

 障害と化粧と音声連動振動 4

≪ 8月29日は、焼肉の日である ≫




さあ、毒を吐こうか!

もしも・・・読んだ人の中でザワザワ感が生じれば、ナノ影響を与えたと云う事で。


「 障害者は醜い 」発言で
私の心に微妙な違和感が生じたので、再度自分の脳をチェックして観た。

障害者( 主に知恵遅れ )が醜いと正直に言う、正道を思いたったのは、もうだいぶ昔。
違和感は年を取ったせいもあるだろうが、思考に修正を加えなくてはいけない事だ。
長く物事を凝視・分析する修行をしてきたせいで、微細な情報を感知出来る様になると、何事に関しても美しいと感じなくなってくる。

目に見える情報量の数だけを、脳は弾きだす。
障害者が醜いと言えるのは、情報の感知が優れている者が、成長過程で気づく事であり、やがて醜く感じなくなり、対象が只の現象としてインプットされる。


チェックした結果は、以下になる。

 その1 障害とは、外的障害と内的障害に別れ、内的障害は病ではないのか?

 その2 障害という言葉は、どこから生まれたのか?

 その3 障害・病の先は死であり、死を基準とした時、老いも醜悪の対象ではないのか?


つまり
青年の頃に感じた潔癖の正直・正道は、生が死を嫌悪する習性ではないのか?
と云う事である。

アニメ「 ガンダム 」の中で・・・
ララアと云う登場人物が、老いた白鳥を見ながら、哀れむシーンがあった。
( 台詞、何だったけ? )

病・障害・老い、そして生と死を順に考えていく事が、必要であり、その流れの中で美醜の判断は、あっさりとまた重くも考えなければならない。
繰り返しに・・・。
( 私の思考に必要だと云う事ですよ、他の人も考えろという訳ではないです。 )
( 考えなくても、死は訪れてくれるから )


 皆に、死は訪れてくれるから。

 皆に、死は平等に訪れてくれるから。

 そこに、あなたの意思は関係ないから。

 良かったね。


単純に醜いという表現は、まだ青年の論理である。
存在の美醜に関してまで突き詰めると、障害者は醜いとは云えない。

思考の修正があったので、前置きがとても長くなりました。


えっと・・・
乙武の次に、川崎 和男である。


産業デザイナーで、自身も車椅子に乗る外的障害者。
人工心臓・メガネ・車イスをオシャレにデザインする。

シンポジウムで同席の主賓・堺屋 太一を、スピーチで堂々と非難する。
川崎 和男、この男は間違いなく、剛の者である。


人類世界は、死を否定し障害を克服する、進歩の道を辿ってきた。
その結果、一部の先進国で長寿が、実現しているのである。

死を遠ざけ、生に強欲になる人類。
その最前線に、新たな展開をみせる者の一人、川崎和男である。

乙武や川崎和男や、パワードスーツの登場は、私の思索テーマの一つ、プロテクト論を多いに刺激する。


簡単に、プロテクト論を紹介すると


 ● 補助プロテクト

 ● 装飾プロテクト

 ● 武装プロテクト



等である。
( この3つ、早口言葉にもなるよ )



次回は、プロテクト論について。





つづく




初出06年8月
posted by ギャラリーZzz 臓図 at 20:52 | TrackBack(0) |   ・  障害と化粧と音声連動振動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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