2008年08月13日

 たくさん騙れど ( 序言語論 )

 
 
とりあえず

「 がんばる 」

という言葉を封印しようと思います。


CMにも出ていた髭のお医者さん、誰だっけ?

「 がんばらずに、あきらめない 」

を提言していましたね。


言葉は、人間の心を露( あらわ )にします。
ハリウッドスターのインタビューを見てると、質問にいちいち考えてから答えます。
大陸は、衝突が当たり前の世界です。
衝突を避ける日本という島国では、言動への意識が低い様です。


村上 龍も、がんばるへの疑念を述べていましたが、どうもその深層までには、興味が無いようでした。
当時最年少で芥川賞を取った、成功者ですから・・・無理ないか。


答が出るまで、私の場合は封印しよ〜っと!



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私は、言葉にうるさいです。
ていうか、じゃかぁしい。


アレとかソレとかは、意図的でしかあまり使いません。
「 ほらアレよアレ! 」
と言っている脳の状態測定を、TVでやってました。
( あるある大事典では、なかったと思います。)

見事に脳を、使って無い状態でした。

反対に、脳がフル回転している状態だったのは、初対面の人と話している時です。
もの凄く、考えながら話す。
五感をフル回転。

「 どういう人だろうか? 」

から始まり、もの凄く様々を、脳が探る訳です。

アレ&ソレという、日本文化・阿吽が通用しないのが、初対面です。


わたくし事で恐縮ですが、半年前から表現の異業種交流会を立ち上げて、その意味を常に考えるのですが。
ネットのみでの薄い出会いではなく、実際に人と会い話すのは、能力を維持する為に重要な訳です。

オフ会という、とても軽いニュアンスで片付けられてしまう。
現実の出会いです。


なんでしょう?

親の住居・金に依存して、家からあまり出ずネットやゲームやTVばかりで、働こうとしない平均年齢が34歳で、それに対して社会が寛容してしまって、引きずり出す事を怠けたあげく、労働力・国力を減らしてしまう現象って・・・
最近多いじゃないですか。

あっ、ニートとか言うのかな?



まあ、これは
核家族化 ・ 非村社会 ・ 個人化 ・ 消費産業と娯楽産業の発達 ・ 欧米化
などの近代文明がもたらす、恩恵によるもので否定はしないんですが。
( こんな一般論で良ければ、もっと述べますけど? )


実際の出会い自体が、時代と逆行してるのではないか?
と、そういう場を創るにあたり、悩んだりします。


近代は、矮小を崇高とするんですね。
・・・成る程?



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言語を分析する時、適当な方法をイロイロ用いてやるのだが、よく
「 イメージ論 」
を使う。

これは、その言葉から何を感じるか?
と云うことで、その感じに万人が賛成するか?
がテーマとなる。

普通、人は現象を確認した時、何かを感じる事ができる。
言葉という現象でも、そう。
( 心理学では、現象を目の前にしても、確認していない状態がある事が解かっています。)

感じが、強い・弱いもあるのだけど、その感じからのイメージを言葉にし直す。


当たり前の事なんだけど、その都度やる人は少ない。



北野 たけし が言っていた事なんだけど、現代日本人の殆どが学校に行った経験がある為
( 東大の門をくぐっただけ!というベタネタではない )
皆、自分が頭が悪いとは、思いたくない。

だから、聖域が無くなる。

ちょっと前までは
「 あっしは頭悪いので、先生にお任せしやす。 」
があって、それが聖域につく者への責任・使命感を生み出していた。



日本人は識字率( 字が読める人が占める割合 )が、ほぼ100%で世界トップクラスとだが、逆に字が読めるから意味を考えない。

言葉は
「 この意味で、なくてはいけない。 」
というものではない。

社会秩序と人間関係の為、共通する意味を持たないと、会話が成立しないだけである。

で、会話が成立したら意味が不要にもなる。


言葉への共通する想像。


これは、意味になる前の意味。
これが解かれば、その後の意味に価値が出てくる。



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芸術が専門という自覚は、あるのですが。
あまり作品を創らず、その為に上達がなく、もっぱら理論のみでの構築を行なっています。

どんな作品ですか?
と聞かれず、芸術論の方を聞かれます。
( 助かるといえば、助かるのだが )

以前に「 芸術とは何か? 」
を、論の中で述べました。


つまり、芸術へのイメージの中で、最大に必要なもの。
皆が納得した時に、感嘆できるもの。
を、提示した訳です。


よく美術館で、作品を観るより、学芸員が書いた解説のパネルを読むのに、時間をかける人がいますよね。
作品がすべてを語っているのに、文才のない解説を読むのが大事な訳です。

これは、名画より解説の方が、日本人にとって価値があるという現象かもしれません。


芸術という言葉を聞いて、何を想像するか?

多分、多くの日本人は、ダビンチやロダン等の何度もメディアで紹介されて記憶にある、具象作品。
( 人や物・歴史を写した )
を想像すると思います。


現象があって、意味がある。
作品への区別・総称が芸術という言葉な訳です。
( まあ、思想的には、逆でもいいんですけどね。 )


まあ、芸術論はシリーズ「 釈尊の奴 」で語るとして、言語は日々生活でのツールです。
使い方に関しては、これもやはり修行な訳です。
( マナーという矮小化した言語はダメね。 )

また、機会があれば突っ込んで、言霊も含め、言語論を述べますね。
それでは。





初出07年3月
posted by ギャラリーZzz 臓図 at 02:05 | TrackBack(0) |  【 short 11〜20 正直な時代 】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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