2008年08月13日

 障害と化粧と音声連動振動 3

≪ 最強の障害者「 どろろ 」が映画化された ≫




今回は、難しそうに書いてみようか。

駅前で、知的障害
( 精神遅滞とも言うが、差別的という判断で現在日本では使われない。アメリカでは同意的な言葉が使われるらしい。 )
の、10代後半ぐらいの青年と、ボランティアであろうかの青年が、「 イエー! 」的な上機嫌テンションで、両者片手を上げ、パチン!と手のひらを合わせていた。

今、障害についての長年の思索を急速にまとめつつある私は
「 なんや、ちょっと羨ましいぞ 」
と、ちょっと思い、自分の中にある善意に、抵抗と素直さを感じた。


もし、私が著述業を営み、障害をテーマとした場合、幾つかの視点での調査が必要となる。
その一つが、地域・貧富別の調査だ。
善良と言われる、私達市民の残酷さをデーターで表したい。

略して説明すると
 [ 芦屋と尼崎の出生障害者の数と行政の対応について ]
の様なものである。

私は大阪の北摂で育ったのだが、大阪市内に移り住む様になって、気が付いたのが障害者とホームレスの数だ。
新興住宅街と古い街の違いのせいかもしれないが、そこに所得格差の臭いを感じる。
( アメリカではよく、富裕層が行う成金趣味としてのボランティアを皮肉として扱うが、そういう意識も検証したい。 )

現在の私達は、死を身近で感じる事は少ない。

殆どが家ではなく病院で死に、また医療技術の進歩や食料充実のおかげで長寿となり、死に付き物の不条理という現実から遠ざかっている。

( 死が在って始めて生があり、その死が隠された時、生が希薄になる。 )
( よって不条理な死を人間世界の補完とする為に、青年が異常な犯罪・また自殺に向かわすとも考えられるが、それはテーマが別なので、他の機会に。 )

医療技術の進歩は、異常胎児の発見を速やかにし、早期の堕胎( 人口妊娠中絶 )を可能とした。
これまでは生まれてきた筈の、受胎時からの先天的障害者を近代文明は、社会へのリスクと捉え( 厳密にはSEXをした男女と医者が判断 )抹殺か消去か隠蔽かは知らないが、数を減らす事に成功した。

日本の一億総中流という現在に於いて、貧富の差から派生する現象を説明するのは難しいが、考える必要はあるだろう。


で・・・
乙 武の登場した現在日本である。

40年くらい前の、身近に障害者や死がまだ多い時代に、彼の様な者が世間に現れたとしたら、私達はどう感じただろう。
( 手塚や石森などのマンガや、他の小説・映画など、昭和のなじみがある作品の中に、障害・異形は多く登場する。 )


私は、私達の善意という仮面は、生活の余裕を多くの人が享受しているから被れるのであって、06年の日本でも過酷な世界に移行すれば、すぐさま
「 かわいそう 」「 かわいい 」「 キレる 」
は消え去り、言語で表現する前に、差別を行動に移すと思っている。
( いい加減、他者と自分を別物だと思うのは、止めようよ。 )


さあ、次回はようやくオシャレでいくよ。





つづく





初出06年8月





【 ブログ記載に際しての追記 】

地域による障害者の数は、その地域での保障が充実しているかどうか?
という視点であろう。

しかしながら、古い( 汚い? )下町に障害者が多く感じるのは、大阪市街が単に汚いだけか?

結局、その後もこの視点は、研究せずです。
 
posted by ギャラリーZzz 臓図 at 02:27 | TrackBack(0) |   ・  障害と化粧と音声連動振動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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