2008年03月09日

 鬱屈と巣窟(準日記)

鬱屈と巣窟(準日記) 
 

≪ 源内先生・・・もう一度墓を訪ねたおりは、是非お会い下さい。 ≫




昨日結構寒かったんだけど、フトコロの寒さに比べると何のその。

今回はまさしく日記の様な内容です。



修行を意味無く重ねたこの年で、町に出るとそれだけで何というか、虚無というかゴムというか。

道行く人々のすべてが、この世界すべてが解かってしまい。
もう面白くもなく何ともしようがない。

で、まあその感覚を放っておきながら、ギリギリの線で踏み止まる訳です。
厄介なのが、逆に踏みとどまれてしまう事を、知ってる訳です。



世の中で、自己実現とやらが出来る人は、まあ少ないです。
多くの人がやりたい事を持たず、やりたい事ができないとほざいている訳です。
その中で、才能があり努力を諦めない人が長く、またステップを踏める訳です。


このチャンスをモノにするカタチ。
才能と努力
( 日記だから気を抜いて書いてます。 )
( 才能という傲慢は好きですが、努力という曖昧な表現は不適切。 )

をイメージすると、前に行くか踏みとどまるか。
という感じでしょうか。

身体を前傾にし、歩みを進める力は、20代までにしか中々出来ません。
30代からは、如何に踏みとどまれるか、です。


更に、チャンスは上空を飛んで行きます。
踏みとどまりながら、ひょんな瞬間にジャンプする。
これが出来た時、初めて世界が広がる訳です。


このジャンプするのが、昔から苦手です。
昔はまだ前に進めましたし、社会もそれに寛容でした。
しかし残念ながら私の場合、一度後退したんですね。


そうすると、もう踏みとどまるしかない。
これだけでもかなりのエネルギーを要します。
というか、一歩後ろに引いた右足が大地にめり込み、根が張ってます。


その根は、大地を蹂躙し腐海の如くなっています。
( これは言いすぎだな・・・ )
観る人が観れば
( そんな人いないよっ )
非常に珍しい止まり方に、感嘆するでしょう。


占いは象徴学的に好きで、詐欺的が嫌いなんですが
その占いで、私の様な人間は

≪ 多くの人間と価値を異にし、多大なる能力がありながら、世間に認められる機会が少なく人生を終える。 また、それを良しともできる人間。 ≫

とありました。
これは、言い得て妙で納得できる占いでした。




つづく

つづき




唯、残念なのは・・・
基本山師なので、自分の能力で変えれる世界があると変えたいんですよね。
そして山師は、往々にしてその為の材料を手に入れるのが、下手なんですよね。

そして残念なのは・・・
基本啓蒙家なので、多くの技術体系を伝えたいんですよね。
そして往々にして、それは世間で厄介事と受け取られ、伝わっても間違った使われ方をするのですよね。




随分と前に坂東 玉三郎が、後進の育成をすると記事に有り。
( その後どうなったんだろ? )
その事への評で
「 坂東 玉三郎は天才であり、その技は伝える事が不可能であるからこそ天才なのだ。 」
とありました。

私は天才ではないから、伝えれる筈なんですけどね。



でも、世間に認められない私に、価値を見出せる人間は、極まれにしか表れず、出会う運命が確率的に少ない天才しか、いないのかもしれません。





 無用の人・無用を持って完遂する。




・・・終わり

「 なんかもう暗いの飽きてきたよ。 」
「 才能来いよ!! 超次元に連れてってやるよ! 」




 
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2008年03月21日

 明朗と快系(準日記)

≪ 07年2月の論です ≫

えっと、さすがです。

アメリカさすがです。
この度は素直に感服しましょう。


何が?ですって?

次期大統領。


ねっ!さすがでしょう。


負けられませんね、私達。
何かひとつ、どうかひとつ。
小さな事でもいいので、動かそうではありませんか!
暇つぶしに。


「 ニヤッ! 」と、仕様ではありませんか。
「 キキッ! 」と、笑おうではあ〜りませんか。


軽くジャブを打って御覧なさい。
スピリチュアルやアーティストや腐女子が、霞んで観えますよ。




死ぬまで背中で、皆さんに乞う御期待。

満身創痍のあなたへ、階段の上からくだらない事を全力投球だ!
おおっと!投げ返してきましたね。
危ないなぁ、そっちより階段狭いんだから、気を付けてよね。

と、言って気をそらしといて、また訳解からん事を全力投球だ!




「 アイスコーヒー、愛を抜いたら酢コーヒー 」

           by タモリ&吉田日出子

 
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2008年08月13日

 たくさん騙れど ( 序言語論 )

 
 
とりあえず

「 がんばる 」

という言葉を封印しようと思います。


CMにも出ていた髭のお医者さん、誰だっけ?

「 がんばらずに、あきらめない 」

を提言していましたね。


言葉は、人間の心を露( あらわ )にします。
ハリウッドスターのインタビューを見てると、質問にいちいち考えてから答えます。
大陸は、衝突が当たり前の世界です。
衝突を避ける日本という島国では、言動への意識が低い様です。


村上 龍も、がんばるへの疑念を述べていましたが、どうもその深層までには、興味が無いようでした。
当時最年少で芥川賞を取った、成功者ですから・・・無理ないか。


答が出るまで、私の場合は封印しよ〜っと!



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私は、言葉にうるさいです。
ていうか、じゃかぁしい。


アレとかソレとかは、意図的でしかあまり使いません。
「 ほらアレよアレ! 」
と言っている脳の状態測定を、TVでやってました。
( あるある大事典では、なかったと思います。)

見事に脳を、使って無い状態でした。

反対に、脳がフル回転している状態だったのは、初対面の人と話している時です。
もの凄く、考えながら話す。
五感をフル回転。

「 どういう人だろうか? 」

から始まり、もの凄く様々を、脳が探る訳です。

アレ&ソレという、日本文化・阿吽が通用しないのが、初対面です。


わたくし事で恐縮ですが、半年前から表現の異業種交流会を立ち上げて、その意味を常に考えるのですが。
ネットのみでの薄い出会いではなく、実際に人と会い話すのは、能力を維持する為に重要な訳です。

オフ会という、とても軽いニュアンスで片付けられてしまう。
現実の出会いです。


なんでしょう?

親の住居・金に依存して、家からあまり出ずネットやゲームやTVばかりで、働こうとしない平均年齢が34歳で、それに対して社会が寛容してしまって、引きずり出す事を怠けたあげく、労働力・国力を減らしてしまう現象って・・・
最近多いじゃないですか。

あっ、ニートとか言うのかな?



まあ、これは
核家族化 ・ 非村社会 ・ 個人化 ・ 消費産業と娯楽産業の発達 ・ 欧米化
などの近代文明がもたらす、恩恵によるもので否定はしないんですが。
( こんな一般論で良ければ、もっと述べますけど? )


実際の出会い自体が、時代と逆行してるのではないか?
と、そういう場を創るにあたり、悩んだりします。


近代は、矮小を崇高とするんですね。
・・・成る程?



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言語を分析する時、適当な方法をイロイロ用いてやるのだが、よく
「 イメージ論 」
を使う。

これは、その言葉から何を感じるか?
と云うことで、その感じに万人が賛成するか?
がテーマとなる。

普通、人は現象を確認した時、何かを感じる事ができる。
言葉という現象でも、そう。
( 心理学では、現象を目の前にしても、確認していない状態がある事が解かっています。)

感じが、強い・弱いもあるのだけど、その感じからのイメージを言葉にし直す。


当たり前の事なんだけど、その都度やる人は少ない。



北野 たけし が言っていた事なんだけど、現代日本人の殆どが学校に行った経験がある為
( 東大の門をくぐっただけ!というベタネタではない )
皆、自分が頭が悪いとは、思いたくない。

だから、聖域が無くなる。

ちょっと前までは
「 あっしは頭悪いので、先生にお任せしやす。 」
があって、それが聖域につく者への責任・使命感を生み出していた。



日本人は識字率( 字が読める人が占める割合 )が、ほぼ100%で世界トップクラスとだが、逆に字が読めるから意味を考えない。

言葉は
「 この意味で、なくてはいけない。 」
というものではない。

社会秩序と人間関係の為、共通する意味を持たないと、会話が成立しないだけである。

で、会話が成立したら意味が不要にもなる。


言葉への共通する想像。


これは、意味になる前の意味。
これが解かれば、その後の意味に価値が出てくる。



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芸術が専門という自覚は、あるのですが。
あまり作品を創らず、その為に上達がなく、もっぱら理論のみでの構築を行なっています。

どんな作品ですか?
と聞かれず、芸術論の方を聞かれます。
( 助かるといえば、助かるのだが )

以前に「 芸術とは何か? 」
を、論の中で述べました。


つまり、芸術へのイメージの中で、最大に必要なもの。
皆が納得した時に、感嘆できるもの。
を、提示した訳です。


よく美術館で、作品を観るより、学芸員が書いた解説のパネルを読むのに、時間をかける人がいますよね。
作品がすべてを語っているのに、文才のない解説を読むのが大事な訳です。

これは、名画より解説の方が、日本人にとって価値があるという現象かもしれません。


芸術という言葉を聞いて、何を想像するか?

多分、多くの日本人は、ダビンチやロダン等の何度もメディアで紹介されて記憶にある、具象作品。
( 人や物・歴史を写した )
を想像すると思います。


現象があって、意味がある。
作品への区別・総称が芸術という言葉な訳です。
( まあ、思想的には、逆でもいいんですけどね。 )


まあ、芸術論はシリーズ「 釈尊の奴 」で語るとして、言語は日々生活でのツールです。
使い方に関しては、これもやはり修行な訳です。
( マナーという矮小化した言語はダメね。 )

また、機会があれば突っ込んで、言霊も含め、言語論を述べますね。
それでは。





初出07年3月
posted by ギャラリーZzz 臓図 at 02:05 | TrackBack(0) |  【 short 11〜20 正直な時代 】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

 活 動 の 思 考 &

≪ ガメラは少年のために。少年はガメラのために。 ≫



「 キネマの天地 」
「 ブレイブ・ストーリー 」
「 ガメラ・小さき勇者達 」
「 パイレーツ・オブカリビアンT&U」

を観た。

「 キネマの天地 」
は、山田 洋次監督で渥美 清が出ている。
映画は昔
「 活動写真 」
と呼ばれていて。
「 活動が好きでね、良く観にいくよ。 」
なんて言う。


活動という言葉は、私もわりと使う。
よく考えたら、あまり普通の人は使わない言葉だ。
演劇活動・芸術活動というふうに使うんだが、仕事じゃないので活動となる。
ゲリラ活動とか、レジスタンス活動とかに近いね。




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さっぱり、論を書く気がしなくなってます。


創り手の中で
「 ずっと表現し続ける人 」
「 途中で辞める人 」

がいます。

これは様々に理由が考えられますが、継続できる人というのは、素晴らしいですね。


水木 しげるは、ラバウル戦地で、上官に殴られても描きました。
手塚 治虫は、死の床でも描く事を望みました。
田中 一村は、奄美で誰にも見せない作品を描き続けました。
ダビンチは、モナリザを修正し続けました。
香月 泰男は、シベリア抑留記憶を描き続けました。


サラリーマンの仕事は、定年退職があります。
長く物事を続けるには、動機付けがないと難しいものです。


何かを長く続けたい場合、仕事にするのが一番です。
お金が入ってくる・周囲に認知される・生活の一部になる等、動機付けが強化される訳です。
逃げられない脅迫観念も与えられます。

続ける・継続する行為は、生命の時間そのものです。



これを読んでるあなたは、今生きてる訳で、命を継続してきた訳です。
存在を表現し続けてる訳です。


仕事になっても、途中で辞める人もいます。
表現をし続ける事だけが、大事な訳ではありません。


伝説のギャグ漫画家たちへは、悲哀を感じます。
ギャグ漫画は世界の表現の中で、最も過酷な作業と云えます。
ボルテージが高くないと成立しないので、多くのマンガ家が消えていきました。

スポーツ選手も、寿命が短いです。
華やかな注目を浴びる人もいますが、故障や不調で舞台を降りた後、スポーツから離れた人も数多くいるでしょう。





なぎら健壱(フォーク・ミュージシャン)が昔、音楽番組でよく言ってたのが
「 一曲聴いただけでは解からない。 」


米ドラマ[ スタートレック ]に出てくる、アンドロイドが言っていたのが
「 判断材料が少ないので、仮説が立てれません。 」


同じく米ドラマ[ 青春カリブ海 ]で、医大生への宿題シーン。

「 与えられた条件に当てはまる病名を答よ。 」
に、生徒の中で1人だけ
「 解かりません。 」
と答えました。
先生は
「 医者にとって最も犯してはならないのは、誤診である。 」
「 この条件では、病名を特定出来ない。 」
「 解からないと判断できる、勇気が必要なのだ。 」
と、他の生徒に笑われた彼を認めました。


全体像を観る・細部を観る。
膨大に時間を掛けて取り組み、それでも失敗や未完成、不完全。
それが真です。




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書く気がしないのに、なぜ書いたか?
プロモーションです。

今年07年12月12日(水)〜17日(月)までの6日間
大阪キタ梅田近くの中崎町にある
「 ギャラリーイロリ村 」で展示を主とした表現イベントを行ないます。

10年ぐらい眠ってましたので、コネなく人脈なく予算無くで、会場だけ押さえるという暴挙です。
参加者も今のトコロ数人で、お客さんにどれだけインパクトが与えれるか、さっぱり解かりません。

通常アマチュアのギャラリー展示は、一週間で100人も来ません。
個展なんかで無名の場合、お客さん10人なんてのもあります。
でも目標は200人です。

さあ〜どうするか?


とりあえず、ここへの論を継続する事にしました。

私は殆ど出品しないと思いますが、期間中は毎日居ていますので、私への興味がある人が万が一居た場合。
もしかしたら、1人ぐらい来るかも知れない期待を込めて。

その人には是非、出品者達の才能?表現?に触れて、厳しくも暖かい反応を頂ければ、嬉しい限りです。
お茶菓子でお迎え致します。

この企画イベントは、ギリギリまで参加者も募集しています。



ちょくちょく論に混ぜて、展示イベントの宣伝していきます。
私事になるか?パブリックなものになるか?解かりませんが、面白くない時はゴメンね。




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予告しとこかな。

〖 今年か来年に、欧米で大きな飛行機事故があって、有名人が亡くなります。 〗

なんてね。



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情報には1次情報と2次情報があって
実際に取材したり資料を分析したり、自身の体験だったりするのが、1次的なものです。
その1次的なものから派生するのが、2次情報で。
それは感想であったり、評論であったり、新たな意見だったりする、解釈されたものです。

ネット上において、プロや専門家でない人の意見は、この2次情報がメインになります。


私もプロではないので、2次情報の段階です。


情報には、質があります。
日本では、情報が大量に溢れています。

その中から、必要・大事な情報をえり分けないといけません。
情報を分析する前に、選択のスキルが必要です。





初出07年5月&5月







【 ブログ記載に際しての追記 】


07年『 芸術ran賞 プロト展 』
結果は150人の集客でした。

08年『 正式第1回 芸術ran賞 』
を現在準備中です。


墜落の飛行機予告は、外れました。
そりゃまあ、今後に起きないとは限らないのですが、こういうのは時期をピタリと当てないといけません。

そういえば・・・
歌手・坂本 九さんは、飛行機事故で亡くなったんですよね。

夏の出来事でしたね。
  
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